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恵庭においで⑤

恵庭=恵まれた庭…。

なんともほんわかとした地名です。

岡山には同じ庭を使った地名で真庭というのがありますが、そっちは由緒正しい。

対するこちらの恵庭は近代に入ってからの地名ですね。

もともとは「イザリ」と呼ばれていました。

いざりとは漁川、本名はイチャンニでアイヌ語でサケマスが卵を産むところという意味。

同様の地名は道内に点在していて一巳、伊茶仁などがあります。

江戸時代は胆振の国の北辺でイザリ場所がおかれていました。

いまでも鮭が遡上してきますが、昔ここに「場所」と呼ばれる松前藩との交易拠点があったのはサケ漁がさかんだったからに他なりません。

それが現在では恵庭岳の名前が市の名前になりました。

恵庭はエエンワ。

するどくとがった岩の山の意味。

石狩平野のどこからでも支笏湖方面に眺められるその山は

山上にドームをもつ山です。

札幌オリンピックのときには滑降のコースがありましたが今は跡形もなく消えています。

市の北部は島松。こちらは石狩国の南端で、実は石狩は西蝦夷地、胆振は東蝦夷地で地勢や部族的な区分でも東西に分かれていた北海道の境界でした。

不思議な事に札幌が雨でも恵庭は晴れていたり気象でもわかれます。

そんな不思議な恵庭の伝説が義経伝説。

島松沢。実際には北広島市ですが、駅逓があって

その昔、クラーク博士が札幌を去る際に北大の学生たちと別れた場所として有名です。

現在ではゴルフ場と自衛隊の北海道大演習場があるばかりですが。

その島松沢には源義経が財宝を隠したという伝説が残っています。

平家滅亡後、兄の頼朝から疎まれた義経は

鎌倉から送られる刺客から逃れながら青年期を過ごした奥州藤原氏のもとに逃げますが、

その巨頭藤原秀衡が病に倒れた後、その跡を継いだ泰衡によって衣川館で滅ぼされました。

しかし、所謂判官びいきで、

岩手をはじめとする東北の各地に

実は衣川を逃れて蝦夷地に向かった義経の伝説が残っています。

そしてなぜか北海道にも平取にたどりついた義経を祭る神社があったり、各地に弁慶の名前が残っています。

その義経が平取から島牧に抜け、大陸に渡ったあと

あの英雄、成吉思汗になったという話。

知る人ぞ知る有名な話です。

その義経主従が大陸に渡るのは蝦夷地ではいかんともしがたい身を

大陸で再挙して戻って鎌倉に一矢報いようとしたといわれますが、

そのために蓄えた財宝を島松沢に埋めたといわれているのです。

そして土地のアイヌに隠し場所を記した紙を二つにわけて与え、

決して掘り返してはならないと厳命して去って行った、と。

寓話ですが、しかしこれをもとにした事件が明治時代に起きるのです。

アイヌに残された書き物をめぐっての殺人事件。

北海道には明治以降の歴史しかないように思われますが、

恵庭には奈良時代後期の終末型古墳があり、大和朝廷の帯金具や和同開珎が発掘されています。

歴史好きやミステリー好きは

財宝さがしもありかも?

でも熊に出会ったり、自衛隊のレンジャー部隊と出会っても保証致しません。

 

 

と、ここまで読む人はいないだろうなあ。

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コメント

はよしさん、凄い!
なんて博識!ひょっとして歴史好き?

投稿: yo | 2011.11.17 09:01

yoさん、
http://ameblo.jp/hayoshi/で超不定期に歴史がらみの話を載せています。
それくらい歴史好きですね。
今はレバンガ命ですけど、本当は歌って踊れる日本史の先生になりたかったんですよ。
音楽もね、プロになりたくて大学中退したんですが、いつの間にやら学生服やさんです。w

投稿: はよし | 2011.11.17 18:35

あ、謙遜ということをわすれていた。

投稿: はよし | 2011.11.18 07:56

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