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中学からの恋

何年か前にも同じような文章を書いていたが、
最近ユニクロのやたらでかいマフラーを買った時に、昔同じようにでかい手編みのマフラーを編んでくれた彼女のことを思い出したので、書きたくなった。

若いころの僕は、モテていたかモテていなかったかというとモテていた認識は無く、むしろコンプレックスの塊だった。
色気づきはじめる中学校の頃は卒業時でも身長が142㎝しかなく、一重まぶたのメガネっこでまじめなだけのチビだったからだ。
でもあらためて思い返すと人の心を知らずにいたことを痛感する。

中学時代に書記局長で西宮出身のアルトサックスを吹く女の子に恋をした。
僕は小3の夏から小4の夏までの一年間を西宮で過ごしたのだが、その時の隣の家が同じ苗字の林さんで、そこの次女ヤコがクラスメートだった。
彼女とは札幌に来てからもしばらく文通しており、中学校に入ってからのやり取りでそれまで住んでいた高木東町から苦楽園に引っ越したことを知った。
そして僕も札幌に来てから住んでいた八軒から平岸に引っ越すのだが、転校先の中学校に書記局長がいたのだ。
そこで僕はその書記局長に恋をするのだ。
そのきっかけは音楽準備室に置いた僕の学生帽を彼女が見つけたことだった。
兄のお下がりでかぶっていた学生帽は西宮の業者が作ったもので、そのタグを局長がめざとく見つけたのだ。
あとで局長から話を聞くと、局長はヤコが苦楽園中に転校するのと入れ替わりに同じ苦楽園中から平岸中に転校してきていたのだ。
運命を感じた瞬間だった。
それからというもの吹奏楽部のほぼ毎日の部活のたびに、彼女の「帽子さわらせて、ちょさせて」が始まった。
転校して2~3か月のうちにそれは瞬く間にクラスにも伝わり、後期のクラス委員改選で彼女が務める書記に半ば当然のように選ばれた。
だが、僕にはステディーなってもらうなどという感覚が無く、ただ彼女の絵をかいて渡し、準備室で他愛もない話をする毎日だった。
しかし、そこに新たな風が割って入ってくる。

新興住宅街にある我が家の向かいはそれまで農地だったのだが、ある日家が建った。
そしてそこに越してきたのはまたまた吹奏楽部の同学年でクラリネットを吹くかっちゃんだった。
家が向かい同志であるから、そして通学区域のはずれにあるので、当然のように30分かかる道を一緒に帰るようになった。
きっとこの二人を見た人は「かぼちゃワイン」のようだと思ったに違いない。
だが、かっちゃんに僕はときめいていなかった。
同じ辺境同志くらいの連帯感だったろうか。
しかし、ある日、クラスメートに告白されたかっちゃんが「だって林君がいるもん。」と断った話が僕の耳に届いた。
局長との関係が広まっているにもかかわらずである。
わかった上であるとすれば、まるで宣戦布告のごときである。
50を軽く過ぎた今になって思い出してみると、局長も彼女の友達から「林君好きだって。」と伝え聞いていた。
もしかしたら、モテてたかもしれない。
だが、どちらの話にも僕は照れるだけで何のリアクションもしなかった。
伝え聞いただけだったし。
3年の夏の合宿を最後に僕は吹奏楽部を引退した。
成績が落ちてきたために北大学力増進会に通うためだった。
局長との音楽準備室でのコミュニケーションも、かっちゃんと二人で帰ることもなくなった。

僕は旭丘に行くと決めていた。
兄が通っていたからだ。
吹奏楽部でもそう公表していたし、クラスの仲間もみんな南か旭丘を目指していた。
だが、僕の学力低下はそれを下回っていた。
担任の斉藤先生から藻岩行きを勧められ、さらに直前で月寒を勧められ、結局月寒高校に入ることになった。
あまりに入試直前の急転直下だったので、局長にもかっちゃんにもそれを伝えられなかった。
そして彼女たちは旭丘に進学した。
別に彼女たちは普段から頭が良かったので、もし僕が月寒行きを告げていたとしても旭丘を選んでいたろう。
ましてや旭丘を選んだ理由が僕の言葉にあるとは思わなかった。
考えようとしなかった。
そして僕らは別れ別れになった。

月寒高校に進学した僕はバリバリ色気づき、クラスメートのIちゃんに恋し、SOBさんに好きだと言われ、仲間とは局長の話をし、かっちゃんの話をした。
局長への恋心は消えていなかったし、かっちゃんとはたまに澄川駅で会って一緒に帰ったりしていたから。
何よりもかっちゃんとは家が向かい同志である。
窓を開けると彼女の部屋なのだ。
「俺は男だ」の世界である。
高校の親友正信が何度も泊まりに来たが、冬になると酔った勢いで彼女の部屋の窓めがけて雪玉を何度も投げた。
何度か彼女が気が付いてカーテンを開けたことがあるが、バレバレなのに隠れたりしていた。
でもかっちゃんを恋愛対象としては見ていなかった。

局長には高校2年の時に告白をしようとして電話でフラれた。
1年終わりの春休みに悪友正信と関西関東を旅した。その時立ち寄った浅草仲見世でかわいいかんざしを見つけたので、これを局長に贈ってステディーになってもらおうと思った。
その前の夏、顧問の小川先生のアパートに卒業生が集まったのだが、そこで再会した局長はそれはもう近づきがたいほど美しくなっていた。
だからその時になってはじめて彼女を独り占めしたいと思うようになったのだ。
彼女の誕生日の前に意を決して電話をし、会ってかんざしをプレゼントする約束をした。
人生初のデートの約束である。うれしさで自分の体がはちきれそうになった。

だが、そのあとすぐ彼女から手紙が届いた。
電話の時はどうかしていた、プレゼントももらう理由がないと書いてあった。天国と地獄とはこのことである。
彼女とはそれ以来会っていない。
一時、旭丘の仲間からよくない噂も耳に入ったが、心がしめつけられるだけでどうしようもできなかった。

とはいえ、盛りのついた高校生である。
実は正信と旅に出る前の日にもクラスメートのIちゃんを映画に誘って無視されており、
やっていることはおよそ純愛から遠いものであった。
ちなみにその映画はベルサイユのばら実写版。

とはいえ、さすがに局長にふられたのはこたえ、しばらくは頭の中が真っ白だった。

ただ、高校では演劇部に入り、バンドをやり、喫茶店に通いつめ、悪友仙波の家で毎日のように麻雀していた僕はあっという間に高校生活を終える。
そんな卒業間際の僕が家の前に居ると、かっちゃんが家から出てきて話しかけてきた。
藤女子と東京の津田塾大学に合格したので津田塾に行くというのだ。
その時の僕は、道教大函館分校と学園大と東北学院大と防衛大をうけ、全て落ちて浪人が決まっていた。
その時、彼女におめでとうを伝えるとともに、本当は史学科のある東京の大学へ行きたかった僕は羨ましさを感じ、浪人を機に挑戦したいと彼女に話した。
そしてそこから、文通が始まった。

浪人生で時間のある僕はやがて、当時、木村東吉がやっていたパイオニアプライベートのCMをまねてテープレターを彼女のために作り始めた。

それからは彼女が東京の間はテープレター、休み中は玄関前デートになった。
それは一浪後の入試でことごとく希望大学を落ち、最後に学園大に入ることになっても続いていた。僕が見掛け倒しの結果に終わっていてもだ。
そうして迎えた、彼女が津田塾2年目、僕が学園1年の12月、彼女から近所の喫茶店に連れ出された。

僕はそこでシックスフッターの手編みのマフラーをプレゼントされた。
僕はお返しにパルコの地下でブレスレットを買い、そしてあらためて彼女と後日初デートすることになったのである。
二人で見た映画は「E.T」。
ちゃりんこが月を背景に空を舞った瞬間、僕はまいていたマフラーを彼女にしがみつかれて首を絞められた。

普通ならそこから順調に交際が発展するはずだった。

実は史学科への夢を捨てきれなかった僕は、在学しながら共通一次を受け、東京学芸大と法政大への受験を画策していた。
2月中旬から3月上旬までを稲毛の親戚の家で過ごし、かっちゃんとデートしながら、遠距離恋愛の逢瀬を楽しんでいた。
試験直前には高校からの仲間とっちの早稲田のアパートにおじゃまして、入試前にもかかわらず六本木PITTINでCASIOPEAのライブを楽しみ、東京ライフを満喫していた。
ところがあっという間に夢は崩れるものだ。

何度目かのデートを吉祥寺駅での待ち合わせにしたのだが、遅刻しそうな状態になった。たまたま友人の友人がバイクで早稲田から吉祥寺まで走ってくれると申し出てくれたのでお願いした。
これが間違いのもとだった。
若干の遅れであろうと、東京で一番信頼できるのは鉄道である。
関西で子供時代を過ごした僕なのに、そこをはずしてしまったのである。

待ち合わせ時間には30分以上遅れた。
中央線を使っていれば、遅刻は5分で済んだろう。
携帯のない時代、見つからない彼女を探して駅の周りをぐるぐるし、掲示板をチェックし、いるはずのないサンロードをさまよった。
彼女はいなかった。

夜になって彼女に電話を入れると、
なんでそうなるの?の話からどんどん話が違う所に話は向かっていった。
好きな人がいるのに、お母さまから付き合わないでくれと言われているというのだ。
何なんだ?何の話なんだ?
好きな人ってなんだ?
頭はパニくっていた。
僕の事じゃないのか?好きな人って。
ついこのあいだ、かっちゃんからもらったバレンタインチョコで従弟と二人して鼻血出したばっかだぞ。
デートに遅刻して謝ってんのに、なんでこんな話になるんだろう。
でも、今思い出すと、どう聞いてもその好きな人というの僕の事だった。
という事はそのお母さまって僕のおふくろの事だったのか。

どうやら二人だけではない別の世界の干渉が存在していたようである。

彼女と最後にかわした言葉はその電話で。
「好きだった。」
「なんでもっと早く言ってくれなかったの。」
怒られながら電話を切られた。

彼女はその後全日空に就職し、のちに結婚したことまでは向こうのお母さんを通して僕のおふくろから聞いた。

その後僕はまどかさんと知り合い、Rと付き合うことになるのだが、どちらも一年もたない恋に終わった。

もてていた記憶はないが、好きになってもらっていることを大切に思う気持ちがなかったのは残念なことだ。

間違いなくかっちゃんは中学3年から大学2年までの6年、
僕の事を想い続けてくれたのだろう。

そして近すぎてわからなかった彼女の気持ちと希望大学へ行けなかったコンプレックスのせいで小さな幸せをひとつ逃していたのかもしれない。

人の縁とは実に奇妙なものである。

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