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時代

昨日、叔母の葬儀に参列した。

妻を亡くした叔父も母を亡くした従妹も気丈にしていた。

全く知らなかったが、12年前にすでにがんにかかっていたそうだ。

僕にとってはきれいで優しい叔母さんで、叔父がうらやましかった。

最期に顔を見させてもらったが、優しい叔母そのままだった。

合掌。

しかし、それよりも思うことは

一族の数が減ってきたことである。

叔母は母方の長男の奥さん。

母の旧姓は江頭で、

直接聞いたことはないが、多分北部九州から流れてきたのだろう。

三笠の前は夕張にいたそうである。

戦前戦後はどこも大家族なので、母の兄弟は母と幼くして亡くなった叔父を含めて8人いた。

その後隠し子やらも出てきて10人となるが。

いずれにせよ、盆正月やら冠婚葬祭となるとそれぞれの伴侶や子供たちも集まるのでわいわいがやがや大変なものだった。

それこそお年玉がたった一日で十万円になるのもあたり前だった。

だが、やがて僕がその叔父たちの年齢となった今は

叔母の葬儀に従妹たちが半分くらい集まるのみである。

叔父の兄弟たちがすでに他界しているのもそうだが、

その子供たちも現代日本では国中散りぢりになり、容易には集まれない。

そしてドライになる。

叔母の遺影を見つめながら、

自分の葬儀には子供らだけしかいてくれないだろうと思う。

いや、子供がいてくれるだけでも幸せなのかもしれない。

地域で肩を寄せ合って生きてきた日本人が

高度経済成長とともに手にした

これが現代であり、

少子化の中でもっともっとドライになっていくのだろう。

喧噪の親戚づきあいが懐かしく思える今である。

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