つらいお話がだめな人はスルーして下さい。
Vickeが逝ったのは、未明の1時すぎ。
肺にたまった水のせいで呼吸困難になり、
苦しむ姿に耐え切れず、
安楽死を選択しました。
菜の花病院の先生を頼ったのが、昨夜の10時。
それから、いろんな手を尽くしてもらい、
酸素室にいれて様子を見る事に・・・。
その時は、子猫の時のような声で鳴いていました。
そして僕ら夫婦はビッケを置いて自宅へ・・・。
12時すぎに先生から電話が入り、悪くはなっていないようだから明日の朝8時に来て下さい、と言われ・・・では寝ようか、とお酒を用意すると、奥さんが
「お酒飲むつもり?もし呼ばれたらどうするの?」と一言。
とりあえずお茶を飲み、奥さんに寝るようすすめ僕はソファーで待機。
と、いきなり電話が入ってしまった。
電話を受けた奥さん、何も説明してくれないがわかる。
最悪の事態が近づいている事が。
病院につくと、そこには苦しさからじっとできないビッケの姿があった。
口からは泡状の体液が漏れてきて、
さっきとは別の発情期のときのような、警戒している時のような、でも切ない、力ない鳴き声をあげている。
視線ももう何も捉えられず、ただ呼びかける奥さんの方に顔を向けて・・・。
「もういいよ。もう頑張れなくてもいいよ。」
涙と鼻水がとまらない。
だけど、先生に安楽死を求めたのは奥さんの方だった。
結果はすぐに出た。
先生も泣いてくれた。
助けてあげられなくって、ごめんなさいと泣いてくれた。
それで充分です。
けっこうビッケも先生の事好きだったみたいだし。
この病院で楽になれて良かったよ。
でも生きて、うちに連れ帰ることができななかったのは悲しい。
顔がはれるくらい泣いた。
連れ帰る車中、余裕のあるときはキャリーから上半身を出して回りを興味深くみていたビッケ。でも、今日はそれもない。
うちについたビッケはキャリーから出してやり、大好きだったダンボール箱に寝かせてやった。
もう二度と起き上がる事はない。
ビッケは愛知県新城市で生まれました。
誕生日は2002年の3月31日。
cattery Azure Blueというノルウェージャンフォレストキャット専門のブリーダーさんのお宅で生まれたのです。
3兄弟の末っ子でした。
鼻先の左側に色がついてて、ちょっと「みったくめんこちゃん」(奥さん談)なので、他の子たちよりもすぐには出て行かず、我が家に来る事になりました。
チャームポイントは手袋をはめたような足。
そんなカレ。
すぐには懐いてくれなかったけど、
最近は立ち入り禁止の僕の部屋の前にまできて起こしてくれたり、とすっかり家族の一員になれました。
だけど、そんなカレに他の猫たちの3分の1しか幸せをあげられなかった。
気の向いた時の遊び相手で、ごめんね。
でも家族の誰よりも君の気持ちわかってるつもりだった。
本とに最期は何もしてやれなかった。
ただ、君が我が家で過ごした時間について話をして
思い切り泣かせて下さい。
それが何よりも君を好きだった証として、君のはなむけになる気がするんです。
本当にイイ子だった。
ビッケ。
ありがとう。
今度生まれてくるときは心臓病にならないように祈ってるよ。
おやすみ。ビッケ。
お茶目な目にあわされたり
お茶目な格好をしてくれたり
本当にダンボール好きで
お酒の匂い
かがないと
すまない。
ちょっと、疲れた人生だったかい?
短くても、楽しかったかい?
僕は楽しかったよ。
でも、これからすごく寂しい。
いつか生まれ変わって、とうちゃんに出会えたら、
すかさず、爪なしの猫パンチしてくれ。
さようなら。
ビッケ。
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